経営戦略

NDAテンプレートの選び方と秘密保持契約書の作り方|雛形を貼り付けても営業秘密は守れない理由

本記事は、当事務所の代表行政書士が実務に基づき執筆しています。

先週の土曜、昼下がりに知り合いのスタートアップ経営者からメッセージが飛んできました。。「このNDA、月曜にサインするんですが見てもらえますか?」。添付されてきたのは、上場企業の法務部から送られてきた12条立ての秘密保持契約書でした。

ざっと読んで、私はちょっと黙ってしまいました。秘密情報の定義が「本契約に関連して相手方に開示される一切の情報」となっていて、有効期間は「無期限」、損害賠償は「相手方に生じた一切の損害」。さらに合意管轄は相手方本社所在地。これにフルでサインすると、その経営者の会社は、相手と少しでも接触のあった情報すべてを永久に守り続ける義務を負うことになる。しかも揉めたら相手のホームの裁判所まで出向く前提です。

「これ、そのまま押すと結構しんどいですよ」と返信したら、5分後に電話がかかってきて、土曜の午後3時間ほど条項を一つずつ調整していました。これがNDAの実務感です。

行政書士業務で契約書類のチェックや作成を継続的に扱ってきた中で、特にNDA(秘密保持契約書)は依頼の頻度が多い契約書のひとつだと感じています。同時に「相手から送られたものにそのままサインしていいですか?」と相談される契約書ナンバーワンでもある。世の中には経産省版・SaaS各社版・弁護士事務所版・ネット上のフリー雛形まで含めて、軽く数百種類のNDAテンプレートが出回っていて、どれを叩き台にするか、どこを直すか、で迷う方が多いのも当然だなと思います。

教科書的な「記載すべき8条項」「チェックリスト11項目」の整理は他サイトに任せます。この記事では、契約書を作っているだけで営業秘密が法的に守られると思い込まないでほしい、という前提のうえで、テンプレートを選ぶときと、自分で作るときに、どこに目を向ければいいのかを書きます。途中で迷ったら、自社の状況に近い箇所だけ拾い読みしてもらえたらと思います。

そもそも、契約書だけでは営業秘密は守れません

そもそも、契約書だけでは営業秘密は守れません

NDAの話をするとき、最初にしておきたい話があります。秘密保持契約書を交わせば、それで「営業秘密」として法的に守られるのか、というと、実はそうではないという論点です。

不正競争防止法第2条第6項が定める「営業秘密」には、3つの要件があります。秘密管理性、有用性、非公知性。この3つを揃えていないと、たとえ契約書で「これは秘密です」と書いていても、不正競争防止法に基づく差止請求や損害賠償請求の保護を受けられない可能性が高い。

ここで一番ハードルが高いのが、秘密管理性です。「客観的に見て、その情報を秘密として管理していると分かる体制になっているか」が問われます。アクセス制限、秘密表示、利用権限の管理、書類なら施錠保管。NDAを締結している事実だけでは、この秘密管理性は満たされません。社内のファイルサーバーに誰でもアクセスできる状態で「営業秘密です」と主張しても、裁判所はうなずいてくれない、というのが私の理解です。

ですので、NDAを作るというのは、契約書という「金庫」を建てる作業に近い。ただし、その金庫を機能させるためには、金庫のある「建物」と「鍵の管理体制」も必要です。建物が壊れていたり、鍵を玄関に置きっぱなしにしていたら、金庫があっても中身は守れない。NDAは、社内の秘密情報管理規程・アクセス制限・秘密表示の運用と、三点セットで初めて機能する、と私は考えています。

このことに触れている記事は、SERP上位の中ではほぼ無くて、「ひな形をDLしてサインしましょう」で終わっているサイトが大半なんですが、現場で見ていると、ここを抜かして契約書だけ整える会社が多すぎる印象です。

NDA・秘密保持契約書・機密保持契約書、何が違うのか

NDA・秘密保持契約書・機密保持契約書、何が違うのか

呼び名の整理から。NDAはNon-Disclosure Agreementの略で、日本語訳では「秘密保持契約書」「機密保持契約書」「守秘義務契約書」のいずれも使われます。法律上の正式名称があるわけではないので、呼び名は実務上どれでも構いません。中身が同じであれば、タイトルが「NDA」でも「秘密保持契約書」でも効力は変わらない。

ただし、似て非なるものとして「秘密保持誓約書」があります。これは従業員や退職者向けに使われることが多く、一方が他方に対して義務を負う一方的な書面です。NDA(契約書)は当事者双方が署名・押印して合意する形式で、誓約書は基本的に差し入れ型。混同されると後々で証拠力に差が出ることがあるので、雛形を流用するときは注意してほしいところです。

NDAの中でも、片務型と双務型の選び分けが地味に重要です。片務型は一方だけが秘密保持義務を負う形、双務型は双方が負う形。業務委託でクライアントが受託先に情報を渡すだけなら片務、業務提携やM&Aで両者が情報を出し合うなら双務、というのが基本形になります。

「双務にしておけば公平で安心」と考える方が多いのですが、自社が情報を出さない場面で双務にすると、相手から「ではそちらの情報も保護対象に」と言われて、出さなくていい情報の管理義務まで背負い込むことがあります。片務にすべき場面で双務にしてしまうと、自分の首を絞める結果にもなりうる。場面によって使い分ける、という発想が要ります。

雛形はどこから持ってくるか|3系統と「そのまま使いの罠」

雛形はどこから持ってくるか|3系統と「そのまま使いの罠」

NDAの雛形は、出どころを大きく3系統に分けて考えると整理しやすいです。

1つ目は、経済産業省・中小企業庁が公開している公式ひな形。「知的財産取引に関するガイドライン」の一部として配布されているWordファイルで、無料でダウンロードできます。中身は素直で網羅的、行政の権威性もある。多くの解説記事がこのひな形をベースにしています。

2つ目は、SaaS事業者(クラウドサイン、GMOサイン、マネーフォワード、Adobeなど)が提供する雛形。電子契約サービスの導入導線として配布されているものが多く、形式はWordやPDF。条項自体は経産省版を踏襲したものが多い印象です。

3つ目は、弁護士事務所・行政書士事務所が独自に作成・公開している雛形。業界別・場面別のバリエーションがあり、リーガルチェック誘導の入り口として配布されているケースが多い。咲くやこの花法律事務所のように、業務委託・M&A・Web制作で条項を作り分けて公開している事務所もあります。

で、ここからが本題なんですが、どの系統の雛形であっても「そのまま使い」にはリスクがあります。雛形は標準的な状況を前提に作られているので、自社の事業内容、相手との力関係、開示する情報の性質によって、調整しないとサインで止まったり、サインしてもらえても後で揉めたりします。冒頭の経営者が押されたNDAも、上場企業の法務部が「自社が開示する側に立つ場面」を前提に作った雛形を、そのまま「自社が開示を受ける側」の事案にも使い回したものでした。これは相手も大手だから油断していた、というのが本音だと思いますが、結局スタートアップ側に不利な条件のまま月曜サイン直前まできてしまっていた。

「経産省のひな形なら安心」という思い込みもあります。確かに経産省版は出発点としては良い。ただ、あれは「典型的な業務委託・業務提携の場面の最大公約数」を取った版なので、業界固有の事情、生成AI利用、フリーランスとの取引、海外取引などには、そのままだと届きません。雛形は出発点であって到達点ではない、というのが私の感覚です。

一番大事なのは「秘密情報の定義」です

一番大事なのは「秘密情報の定義」です

NDAの条項で、現場で一番揉めるのも、一番工夫が要るのも、秘密情報の定義(範囲)の書き方です。ここを雑に決めると、条項の他がどんなに整っていても、実務でほぼ機能しません。

書き方の流派は、大きく3つあります。

ひとつは抽象定義型。「本契約に関連して相手方から開示された一切の情報」とまとめて広く取る方式。範囲が広いので開示者には都合がよいのですが、受領者にとっては「何が秘密か分からない」状態になりやすく、例えば技術仕様書の中に書かれた一般的な業界知識まで秘密扱いになるか、解釈で揉めます。

ふたつめは列挙型。「製品仕様、価格情報、顧客リスト、技術ノウハウ……」のように具体的に列挙する方式。明確になる代わりに、列挙から漏れた重要情報が保護されない、というデメリットがあります。

みっつめは表示型。「『秘密』と表示して開示した情報のみを秘密情報とする」方式。実務での運用が分かりやすい反面、口頭で開示した情報や、表示を忘れた情報が保護対象から外れます。これが原因で漏洩時に「秘密情報に該当しない」と相手から反論される事例は、本当によくあります。

実務的には、抽象定義型をベースにしつつ、口頭開示は一定期間内に書面化することを義務付け、表示の有無に関わらず合理的に秘密と判断される情報も含む、というハイブリッド型に落ち着くことが多いです。経産省ひな形もおおむねこの形を採用しています。

例外規定も忘れてはいけない論点です。①開示時点で既に公知だった情報、②受領者が独自に開発した情報、③第三者から正当に取得した情報、④開示者が事前に書面で同意した情報、⑤法令・裁判所の命令により開示が必要となった情報。これらを例外として明記しておかないと、相手が既に持っていた情報まで縛ることになり、相手から「これではサインできない」と返されます。意外と雛形のなかには⑤の法令開示の例外が抜けているものがあって、私はチェックのときに必ずここを見るようにしています。

正直、定義をシビアに書きすぎて取引そのものが止まったケースも見てきました。NDAの段階で揉めて契約交渉が3週間遅れた、という話は珍しくない。秘密情報の定義は、自社の保護の強さと、相手のサインしやすさのバランスで決まる、というのが本音の感覚です。

業種・取引で変える|雛形を絶対そのまま使えないケース

業種・取引で変える|雛形を絶対そのまま使えないケース

雛形を出発点にするとして、業種や取引の性質によって、必ずカスタマイズしないといけない場面がいくつかあります。

業務委託(特に開発・制作)では、成果物に対する知的財産権の帰属とNDAの関係を整理する必要があります。秘密情報を使って作った成果物の権利が誰のものになるのか、ここを契約書間で齟齬させると、後で大揉めします。NDAと業務委託契約を別建てにする場合、両方を読み比べて整合性を取らないといけない。

M&A・資本提携の場面では、デューデリジェンス用のNDAを別建てで結ぶのが基本です。一般的なNDAだと範囲が足りない、または広すぎる。ディール特定の文言、ブレイクアップ後の情報の扱い、勧誘禁止条項(買収提案を他社にしない)など、専用の作りが必要になります。

フランチャイズ・代理店契約のNDAは、本部側の運営マニュアルや顧客リストの扱いがメインで、契約終了後の競業避止と一体で組み立てます。

最近増えているのが、生成AI・LLM活用時のNDAです。クライアントから受領した秘密情報を、ChatGPTやClaude等のクラウド型生成AIに入力していいかどうか。多くの既存雛形ではここの想定が抜けています。「秘密情報を第三者に開示してはならない」という条項は入っていても、「クラウドサービスへの入力」が「第三者開示」に当たるかは解釈の余地が残る。AI利用を前提にする取引なら、「事前合意なく生成AIへの入力を禁ずる」「合意のうえ入力する場合の利用範囲を明記する」といった条項を独立で立てるのが、現時点での無難な対応だと考えています。

フリーランス・個人事業主との片務NDAも要注意です。受け取る側のフリーランスから見ると、片務でかつ違反時の損害賠償が無制限という条項は、サインのリスクがあまりに非対称になります。フリーランス保護の観点から、賠償上限・期間限定・例外規定の明確化を、行政書士の立場としては受け取る側にもおすすめしたい。冒頭で触れたサブペルソナ的な構図ですが、ここは交渉の余地があります、と一度伝えておきたい。

雛形に入っているのに見落とされやすい条項の話

雛形に入っているのに見落とされやすい条項の話

ここからは、現場で「ここ抜けてるじゃん」と気付くことが多い、見落としやすい条項を中心に書きます。完全網羅は他サイトに任せます。

まず有効期間。多くの雛形で「契約締結日から3年」「5年」といった年数が入っているのですが、見落とされやすいのが「契約終了後も秘密保持義務は存続する」という存続条項です。これがないと、契約期間満了と同時に秘密情報の保護が消える。実際は、契約後5年でも10年でも価値が残る情報があるので、契約終了後も一定期間(よくあるのは契約終了後3〜5年)は義務を継続させる書き方が定石です。期間設定を「永久」にする会社もありますが、これは相手が嫌がりますし、実務的にも「永久に管理し続ける」のは現実的ではない。10年程度で線を引くのが、相場感に合っていると思います。

損害賠償と差止請求の使い分けも、雛形だけ見ているとピンと来づらい論点です。NDA違反による損害賠償は、民法第415条(債務不履行)または同法第709条(不法行為)を根拠に請求します。ただし、損害額の立証が難しい。秘密情報を漏らされた結果、いくらの損害が出たかを数字で示すのは、特に技術情報の場合は地獄のように難しいです。

ここで効くのが、不正競争防止法に基づく差止請求権です。営業秘密として法的に認められれば、現に行われている、または行われるおそれのある不正使用・開示を差し止める請求ができます。お金で取り返せない情報の流出に対しては、差止めの方が実務的に効果的なことが多い。ただし、これは契約書に書いてあるから使えるのではなく、最初に書いた営業秘密三要件を満たしていないと使えません。NDAと社内管理体制の両輪が要る、と最初の章で書いたのはこの話です。

反社会的勢力の排除条項も、最近では入れていない雛形を見るとちょっと驚きます。各都道府県の暴排条例が整備されてから10年以上経って、今はほぼすべての契約書に標準装備が常識になりました。雛形が古いものだと、ここが抜けていることがあります。

合意管轄も、地味に効く条項です。「東京地方裁判所を第一審の専属的合意管轄裁判所とする」のような書き方で、揉めたときの裁判所をどこにするか決めるもの。冒頭の経営者の事案では、これが相手方本社所在地の地方都市になっていました。うちの会社は東京なのに、揉めたら相手の地元まで出向くのか、という話です。距離的なコストもありますし、土地勘のない裁判所での争いは弁護士費用も読みにくくなる。専属合意管轄をどこにするかは、相手との力関係次第ですが、最低限「中立な第三地」あたりまでは交渉の余地があります。

関連法令との接続|NDAは契約法だけで動いていない

関連法令との接続|NDAは契約法だけで動いていない

NDAを作る・運用する場面では、契約法以外の法令との接続が地味に重要です。短く整理だけしておきます。

不正競争防止法は、最初の章で書いた営業秘密三要件と、その違反に対する差止請求・損害賠償の根拠法です。NDAで秘密保持義務を定めるのと並行して、不正競争防止法上の保護を受けられる管理体制を整えておくのが、実務上の正解だと考えています。

個人情報保護法との接点も無視できません。秘密情報の中に個人情報が含まれる場合、NDAだけでなく個人情報保護法上の安全管理措置(同法第23条)も適用されます。NDAでは「秘密情報として保護する」と書いてあっても、個人情報保護法上の漏洩時報告義務(同法第26条)が外れるわけではない、というのは押さえておきたい。

近年の法改正の動きでは、令和5年の不正競争防止法改正による営業秘密保護の強化、そして2026年1月から段階施行が始まる改正下請法(通称:取引適正化法)が、NDAの運用にじわじわ効いてきます。下請法の改正では、発注者と受注者の間の取引条件の透明化が求められる方向で動いていて、NDAで秘密として囲い込む情報の範囲にも見直しが入る可能性があります。これらの最新動向は、雛形の更新にも反映していく必要があります。

印紙・電子契約・誰が作るか|運用面のよくある質問

印紙・電子契約・誰が作るか|運用面のよくある質問

ここからは軽めの実務トピックを、まとめて。

NDAは、原則として印紙税法上の課税文書には該当しません。秘密保持の義務だけを定める契約書なら、印紙税法別表第一のどの号にも当たらないため、収入印紙は不要です。ただし、NDAの中に「成果物の対価として◯◯円を支払う」のような請負・売買の合意が混在すると、第2号文書として課税対象になることがあります。NDAと業務委託契約を別建てにするのは、この観点からも合理的です。

電子契約での締結は、現在は完全に実務として確立しています。電子署名法第3条により、本人の意思に基づく電子署名がなされた電磁的記録は、紙の文書と同じ証拠力を持つと推定されます。クラウドサインやGMOサインなどの立会人型電子署名サービスでも、同等の運用が可能です。電子契約にすれば、印紙が原則的に不要となり、郵送コストも消える。多くの会社で電子契約への移行が進んでいる、と私は感じています。

「NDAはどちらが作成するべきか」については、原則として情報を開示する側が作成する、というのが実務の答えです。自社の情報を守るための契約なので、自社のリスクを反映した条項を組むべきだから。ただし、相手が大手で先方の雛形を出してくるケースは多いので、その場合は受領するNDAをこちら側でレビューして、必要な修正を交渉する形になります。冒頭の経営者がやっていた作業がまさにこれです。

おわりに|雛形は出発点、運用と一体で初めて意味がある

冒頭の経営者の話に戻ります。土曜の午後3時間で、秘密情報の定義を「相手から開示された一切の情報」から「『秘密』と表示して開示された情報および書面・電子データで具体的に開示された技術情報・顧客情報」に絞り、有効期間を「無期限」から「契約終了後5年」に修正、損害賠償条項に「実損の範囲内」と上限を入れ、合意管轄を「東京地方裁判所」に変更、という方向で先方とやり取りする叩き台を作りました。月曜の打合せでは、相手も比較的素直に受け入れてくれた、と聞いています。先方の法務部も、雛形をそのまま使い回していた、という形だったのだと思います。

NDAは、契約書を交わすだけで仕事が終わる文書ではありません。契約書という「金庫」を作るだけでなく、社内に「秘密情報をどう管理するか」のルール(金庫を置く建物と鍵)を整えて、はじめて営業秘密として法的に守られる状態になります。この両輪を意識せずに雛形だけDLしても、いざ漏洩が起きたときに、想定していた保護が受けられない。

雛形は出発点であって、到達点ではない、という言い方を私はよくします。経産省版でもSaaS版でも弁護士事務所版でも、自社の事業内容、相手との関係、開示する情報の性質に合わせて、必ず調整が必要になります。調整の方向性が分からないときは、行政書士に相談してもらえれば、契約書の作成と並行して、社内の秘密情報管理規程・運用ルールまで含めて設計できます。NDAだけで終わらせず、運用と一体で組み立ててもらえたらと思います。

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