顧問先のデザイン会社の社長から、月曜の朝に電話が入りました。。「先週、税理士に『フリーランス新法、対応してます?』って聞かれたんですよ。うち、外注パートナーが15人いて、全員と契約書を巻き直さないとダメなんですか?」――この問い合わせは、新法が施行された2024年11月以降、本当によく受けます。
結論から言うと、いきなり全員と巻き直す必要はないことの方が多いです。むしろ、「**何から直せばいいのか優先順位を決めて、効率よく対応する**」という発想で動かないと、本業が止まってしまう。私の事務所では、依頼者の方に契約書の現物を持ってきてもらって、まずは「明示事項」と「支払期日」と「解除予告」の3点だけチェックして、そこから順番に手を入れていく、という流れで対応することが多いです。
私はもともとシステムエンジニアとしてキャリアを始めて、自分が独立した最初の数年は、**フリーランスとして業務委託を受ける側にいました**。その後、自分で会社を立ち上げて、今度は外注パートナーに**発注する側**へ移っていきました。経営を9年やって、うち1社を事業売却するまでの間、契約書のやり取りは数えきれないほど見てきています。今は行政書士として、両方の立場から相談を受ける機会が多いのですが、新法の話は受注側と発注側で見え方が180度違う、というのが現場の実感です。
本記事では、フリーランス新法(正式名称:特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律)に対応した業務委託契約書の見直しについて、両方の立場で書きます。条文の逐条解説ではなく、**現場で実際に迷う場面**を中心に整理していきます。
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そもそも「特定受託事業者」とは誰のことか――自社のフリーランスが対象か即判定

新法(フリーランス保護法)の対象になるかどうかは、相手が「特定受託事業者」に該当するかで決まります。法第2条1項の定義を実務的にほどくと、次のようになります。
**個人で、従業員を使用していない者**。または、**法人で、代表者以外に役員がおらず、かつ従業員を使用していない者**。
このうち、「従業員を使用」というのが微妙な表現で、私もこの相談を受けるたびに毎回確認するのですが、運用上は**週20時間以上、かつ31日以上の雇用見込み**がある労働者を1人でも雇っていると「従業員を使用」に当たります。逆に、1日3時間のアルバイトを月10日だけ使っているような場合は、「従業員を使用」には該当しません。週20時間という線引きが意外と知られていなくて、フリーランスの方が「自分は対象外だと思っていた」と気づくケースをよく見ます。
ここで、見落とされがちな話をひとつ。法人形態でも、いわゆるマイクロ法人(代表者一人だけの一人会社、従業員なし)は新法の保護対象になります。「フリーランス=個人事業主」という思い込みでテンプレートを整備すると、外注先の一人法人がカバーされていない契約書になってしまう。私の依頼者の方の中にも、「うちは法人にしか発注していないから関係ない」と最初に話していた経営者の方がいて、よくよく取引先を見たら半数が一人法人だった、というケースがありました。
逆に、役員が2人以上いる小規模法人や、従業員(週20時間×31日見込み)を1人でも雇っている個人事業主は、新法の対象外です。例えば「個人事業主だが正社員のアシスタントを1人雇って事業を回している」という方は、新法の特定受託事業者ではない。この境界は、外見上の事業規模ではなく、**雇用関係の有無**で切れる、という点だけ押さえておきたい。
そしてもう一つ、発注側の話。**業務委託事業者**(新法上の発注側の呼称)に規模要件はありません。従業員1人の小さな会社であっても、フリーランスに業務を発注した瞬間に、新法の義務が発動します。下請法と違って「資本金1,000万円以下なら関係ない」とはならないのが、新法の特徴のひとつだと考えています。
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9つの明示事項――契約書テンプレートで漏れやすい3つはどれか

新法の発注側義務のうち、最初に効いてくるのが**取引条件の明示義務**(法第3条、いわゆる「3条通知」)です。フリーランスに業務を委託した時、発注側は取引条件を**書面または電磁的方法**で直ちに明示しなければなりません。口頭だけはNGです。
明示が必要な事項は、9つあります。ざっと並べると、
業務の内容。報酬の額。支払期日。発注事業者・特定受託事業者の名称。業務委託をした日。給付を受領/役務提供を受ける日。給付を受領/役務提供を受ける場所。検査を行う場合の検査完了日。金銭以外の方法で支払う場合の報酬の支払方法に関する必要事項。
この9項目のうち、既存の業務委託契約書テンプレートに普通入っているのは、業務内容・報酬・支払期日・当事者名・委託日の5つです。問題は、残り4つのうち**3つが既存テンプレートで漏れていることが本当に多い**、というのが私が現場で何件も契約書を見てきた印象です。
漏れやすい3つを順に書きます。
**1つ目:給付を受領する日(成果物の納期)**
「納期○月○日」と書いてある契約書はよく見ますが、「給付を受領する日」が条文の文言です。納期と受領日は実務上微妙にずれることがあって、納品されたデータを社内で確認してから「受領」とする運用の場合、納期と受領日が違うことになります。新法上は「受領日」の方を書面で明示する必要があるので、契約書には「受領日=納品日とする」「受領日は納品物到達から3営業日以内とする」などの定めを入れておく方が無難です。
**2つ目:給付を受領する場所**
「弊社オフィスにて受領」と書く契約書はあまりないです。デザインデータや原稿の場合、メールやクラウドストレージで受領するのが普通で、その場合「受領場所」をどう書くか迷う方が多い。実務的には「発注者が指定するクラウドストレージ」や「発注者の指定するメールアドレス宛」のような書き方で対応するケースが多いです。明示事項として外せない項目なので、ここも要チェックです。
**3つ目:検査完了日(検査を行う場合)**
成果物の検収期間を契約書に書いていないテンプレート、本当に多いです。「検収後に支払」と曖昧に書いてあって、検収期間が無限に延びる可能性がある契約書を、私はフリーランス時代に何度かサインさせられました。逆に発注側の立場では、検収期間を書かずに運用していると、後で「いつ検収完了したか」で揉めます。「納品から7日以内に検収完了の通知をするものとし、通知がない場合は7日経過時点で検収完了とみなす」のような定めを入れておくと、双方の予測可能性が高まります。
ここでよく聞かれる質問が、「**3条通知と契約書、両方必要なんですか?**」というもの。結論を言うと、契約書1通で両方を兼ねることが可能です。つまり、契約書の中に9つの明示事項が全部入っていれば、3条通知としても機能する。ただし、業務委託契約書を「基本契約書(包括的な条件を定める)」と「個別契約書(毎回の発注内容を定める)」の2階建てで運用している会社の場合、9つの明示事項は**個別契約書の方に寄せる**のが実務的です。基本契約書に毎回の納期や受領場所を書くのは無理があるので、自然とそうなります。
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60日支払ルール――月末締め翌月末払いはギリギリ違反になる

新法の最大のインパクトのひとつが、**報酬支払期日のルール**(法第4条)です。発注事業者は、フリーランスから給付を受領した日から**60日以内のできるだけ早い日**を支払期日として定めなければなりません。これに加えて、再委託の場合(自社が元請から受けた仕事をフリーランスに再委託している構造)は、**元請からの支払日から30日以内**という別ルールが乗ってきます。
この「給付受領日から60日以内」を実務に当てはめると、意外と詰まるケースが出てきます。正直、私もこの計算を最初にしたときは「うちの顧問先のあそこ、ギリギリかもしれない」と少し顔が引きつりました。
日本の中小企業の標準的な支払サイクルは「月末締め翌月末払い」です。月初(5日)に納品されたものなら、月末で締めて、翌月末払いで、給付受領日から実質55日。月末(28日)に納品されたものなら、月末で締めて、翌月末払いで、実質32日。つまり**月末締め翌月末払いは平均40日前後で、ギリギリ60日以内に収まる**運用です。
ところが、これを「月末締め**翌々月末**払い」にしている会社が結構あります。月初納品なら受領から85日、月末納品でも62日。これは新法施行後は完全アウトです。私が顧問契約をいただいているデザイン会社の社長も、最初に契約書を確認した時に「翌々月末払いで運用してました……」と顔色を変えていました。月末締め翌月末払いまで詰めてもらって、ようやく安全圏に入る、という話でした。
もう一つ、見落とされがちな論点。**「給付受領日」の起算をどう考えるか**です。素直に納品日とするのが普通ですが、「検収完了をもって受領とする」と契約書に書いてある場合、検収完了日が起算点になり得ます。検収期間を長く設定していると、実質的に支払期日を後ろに引っ張れる。ここはグレーで、現場の運用上は「納品日基準で支払サイクルを設計する」方が安全と感じています。
そして、**振込手数料を受注者負担にする慣行**。これも実務でよく見ます。請求額10万円、振込時に手数料500円を引いて9万9,500円を入金する、という運用。新法上、これが「報酬減額」(禁止行為のひとつ)に当たる可能性があります。受注者と合意があれば即アウトとはならない解釈もあるのですが、契約書の特約や個別合意なしで手数料を引くのは正直リスクが高い、というのが私の見立てです。発注側の運用を改めるか、契約書に「振込手数料は受注者負担」と明記するか、どちらかにする方が安全です。
再委託のケースは、もう一段ややこしくなります。元請から受けた仕事をフリーランスに丸投げに近い形で出している場合、元請からの支払日が決まっているので、その支払日から30日以内にフリーランスへ払う必要があります。元請が遅延すると、自社のキャッシュフローが先にしんどくなる、という構造。再委託をしている方は、元請契約の支払サイクルとフリーランス契約の支払サイクルを並べて確認しておく方がよいかと思います。
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1か月以上の業務委託で発動する7つの禁止行為

業務委託期間が1か月以上のフリーランス取引には、法第5条の禁止行為が乗ってきます。下請法の禁止行為とほぼ同じ構造です。
受領拒否。報酬の減額。返品。買いたたき。購入・利用強制。不当な経済上の利益の提供要請。不当な給付内容の変更・やり直し。
この7つです。下請法と新法の関係について整理しておくと、自社の資本金が1,000万円超で、かつ取引先の個人フリーランスや小規模事業者と取引している場合、**下請法と新法の両方が同時適用**される場面があります。両法で禁止行為が重複している部分は、どちらの法律で問われても結論は同じ。これに対して、**自社の資本金が1,000万円以下で下請法の対象外**だった会社にとっては、新法で初めて禁止行為が発動するケースが増えてきました。中小・零細の発注者の方が新法を意識する必要が出てきた、という構造です。
7つのうち、現場で揉めやすいのは「**不当な給付内容の変更・やり直し**」です。デザイン業界・ライティング業界・エンジニア業界、すべての業種で「最初の指示と違う」「もっとこうしてほしい」というやり直し依頼は普通に発生します。問題は、これを当初の発注内容の範囲で対応させるか、追加報酬を払うか、の判断です。
私自身、フリーランスとして仕事を受けていた時代に、「ちょっと修正してほしいんだけど」が3回続いた挙げ句、最初の倍くらいの工数になって、報酬は変わらない、という案件を経験しました。あれは精神的に堪えるものでしたが、正直なところ、当時は新法もなく、下請法の対象でもない発注元だったので、泣き寝入りに近い形でした。次の仕事ももらえなくなるのが怖くて文句も言えなかったあの感覚は、今でも忘れられません。新法施行後は、この種の「無償でのやり直し」は**不当な給付内容の変更・やり直し**に該当する可能性があり、フリーランス側が公取委に申告する道が開けています。10年前にこの法律があれば、と思う場面のひとつです。
発注側で気をつけたいのは、**指示の段階で「これは追加発注になります」と明示する運用**を組むことです。修正の範囲を契約書に書いておく(例:「軽微な修正は2回まで無償、それを超える修正は別途協議」のような定め)と、揉める余地が減ります。私の依頼者の方には、修正回数と範囲を契約書に明記することを必ずおすすめしています。
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ハラスメント対策・配慮義務・解除予告――書面より体制が問われる部分

新法には、契約書の文面では完結しない、社内体制で対応する義務もあります。
**ハラスメント対策の体制整備**(法第14条)。発注事業者は、フリーランスに対するセクハラ・パワハラ・マタハラに対応する相談窓口を設置し、社内ルールとして整える必要があります。社内の従業員向けのハラスメント体制があるなら、それをフリーランスにも開放する形が現実的。私が支援した会社では、既存の相談窓口の利用案内をフリーランスにメールで送って、業務委託契約書の中に「相談窓口を利用できる」旨の条項を加える、という対応で済ませました。
**妊娠・出産・育児介護への配慮義務**(法第13条)。これは6か月以上の継続的な業務委託の場合に発動する義務で、フリーランスの妊娠・出産・育児・介護に応じて、納期の調整、業務量の調整、リモート対応の許容などを「配慮」する必要があります。「配慮」の内容は法律上明確には定められておらず、現場の状況に応じて対応する、というのが運用上の理解です。
**中途解除の30日前予告**(法第16条)。6か月以上の継続業務委託の中途解除には、原則として30日前までに予告し、理由開示の請求があった場合は遅滞なく開示する必要があります。これも既存の業務委託基本契約書には「30日前予告」が入っていないことが多いので、改訂のタイミングで条項を追加するのが安全です。
**報復措置の禁止**(法第6条)。フリーランスが公取委等に申告したことを理由に、発注を打ち切ったり報酬を減らしたりすることは禁止されています。当たり前と言えば当たり前ですが、実務上はここを意識しておかないと、「申告されたから取引解消」という反射的な対応が出かねないので注意が要ります。
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既存契約書を直すなら、この優先順位で

ここまで読んでいただいた方の頭の中で、「結局どこから手を付ければいいのか」という問いが残っているはずです。冒頭のデザイン会社の社長と一緒に整理した時の優先順位を、そのまま書いておきます。
**優先度① 取引条件の明示(3条通知)の整備**
これが一番効きます。9つの明示事項を契約書、または契約書+個別発注書のセットで網羅できる形に直す。漏れやすい3つ(受領日・受領場所・検査完了日)を、テンプレートに入れる。これだけで違反リスクが大きく下がります。即効性があり、難易度も低いので、最初に着手すべき項目だと考えています。
**優先度② 支払期日を60日以内に揃える**
月末締め翌月末払いまで詰める、再委託の場合は30日以内に詰める。経理処理のシステム的な変更が必要な会社もあるので、優先度②と書きましたが、実務上は社内調整に時間がかかる項目です。早めに着手しておくほうがよいです。
**優先度③ 1か月以上の継続契約での禁止7行為の確認**
報酬減額、無償のやり直し、買いたたきなど、現場の運用が新法に抵触していないかをチェック。振込手数料の受注者負担も、ここで再確認します。運用ルールの見直しが必要な場合は、社内向けのマニュアルも併せて整えると安心です。
**優先度④ 解除条項の予告期間を30日以上に**
6か月以上の継続契約の解除条項を、30日前予告に揃える。理由開示請求への対応フローも決めておく。これは契約書の文言修正だけで済むので、難易度は高くないです。
**優先度⑤ ハラスメント窓口の整備と契約書への明記**
社内に既存の相談窓口があるならフリーランスにも開放、なければ新設する。契約書に「窓口の利用可能性」を1行入れる。配慮義務(妊娠・出産・育児介護)への対応方針も社内で擦り合わせておく。
優先度①〜④までを2〜3週間で片付けて、⑤の体制整備は1〜2か月かけて進める、というのが現実的な進め方かなと思っています。一気に全部直そうとすると本業が回らなくなるので、優先度の高い順に着実に進める方が、結果として早く完了します。
エンジニア時代の感覚で言うと、レガシーシステムをリファクタリングする時と本当によく似た構造です。一気に書き直すのではなく、影響範囲の小さいところから順に手を入れて、テストして、また次に進む。契約書の見直しも、いきなりテンプレートをゼロから作り直すより、既存のテンプレートに対して優先度順にパッチを当てていくほうが現実的に回ります。
「自分でやるか、行政書士・弁護士に頼むか」については、契約書テンプレートが1〜2種類で、取引先のフリーランスが10名未満なら自力でやれる範囲です。複雑な再委託構造があったり、業務委託のパターンが業種ごとに違ったり、外注先が30名以上いたりする場合は、整理に時間がかかるので、一度プロに相談してから動く方が結果として安いケースが多い、というのが現場感覚です。
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おわりに
フリーランス新法は、発注側にとっては「義務が増えた厄介な法律」に見える側面があります。同時に、受注側のフリーランスにとっては「ようやく交渉のテコができた」と感じる人も多い。私自身がフリーランスで仕事を受けていた時代を振り返ると、無償のやり直しや支払サイトの後ろ倒しに苦しんだ場面が何度もあって、こういう法律が10年早くあれば、と思う部分は正直あります。
ただ、新法はあくまで「最低ライン」です。発注側と受注側の信頼関係を作るのは、法律の条文ではなく、日常のコミュニケーションと、お互いを尊重する姿勢の方だと思っています。新法対応の契約書を整備することは、その関係づくりの**入り口**にすぎないお話しです。
冒頭のデザイン会社の社長は、優先度①〜④までを3週間で片付けて、その間に外注パートナー15名のうち主要な5名と直接話して、新しい契約書の趣旨を説明したそうです。「契約書を新しくしたら、何人かが『そこまで考えてくれているなら、これからも安心してお願いできます』と言ってくれた」と、後日ご報告をいただきました。新法対応は守りの作業に見えますが、やり方次第では取引関係を強くする攻めの動きにもなる。そんな話を、現場でよく見ています。
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フリーランス新法への対応、まずは契約書を見せてください。
既存の業務委託契約書をお持ちいただければ、9つの明示事項のチェック、支払期日の見直し、解除条項の確認まで、その場で整理してお伝えします。「うちの場合、何から手を付ければいいか」を一緒に決めるところから始めましょう。発注側のご相談も、フリーランスご本人からの「この契約書はサインして大丈夫か」というご相談も、両方お受けしています。
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