「父から相続した京都の町家を、民泊にしようかと思っているんですが、旅館業許可と民泊の届出、どっちで申請すればいいんですか?」
そう切り出したのは、東京・板橋区の会社員、47歳の西脇さんでした。京都市東山区にある築70年の町家を3年前に相続して、いまは親戚が時々掃除に行くだけの空き家になっている。観光地に近い立地で、運用すれば収益化できそうだと考えている。本業はマネージャー職で続けたいので、運営は管理会社に委託する想定。
「その前に物件を見せてください」というのが、私の答え方でした。
率直に言うと、民泊の制度選択は、その物件で何が取れて何が取れないかで自動的に絞られる部分があります。物件の用途地域、建物の構造、自治体の条例、これらを横並びで見ないと、選びようがない。「どっちで申請するか」は、結論ではなく、出発点に近いんです。
私自身は行政書士として民泊・旅館業の許可申請に関わっていますが、それ以前にシステム開発の事業を立ち上げ、2社を経営し、うち1社の事業売却も経験しました。創業や事業立ち上げの相談は多いんですが、民泊は他の許認可と少し違って、「物件の制約が制度選択を決める」という性格が強い。だから契約書の話より先に、物件の現地確認や用途地域の確認に時間を使うことが多いです。
この記事は、西脇さんのような「相続した物件や所有物件を民泊に活用したい方」に向けて、3制度の選び方と、物件で詰まりやすい論点を整理します。京都の町家という一件のケースを軸に進めますが、論点は他の地域でも共通する部分が多いはずです。
民泊には3つの制度がある──まずは違いを掴む

最初に、用語の整理を一段だけ。
民泊と一括りにされていますが、法律上は別の3つの制度があります。旅館業法に基づく旅館業許可(簡易宿所営業など)、住宅宿泊事業法に基づく届出(民泊新法)、国家戦略特別区域法に基づく特区民泊。それぞれ根拠法が違って、申請先も、施設基準も、運営できる日数も異なります。
旅館業許可は、いわゆる「ホテルや旅館を運営する許可」と同じ枠組みで、保健所が窓口になります。営業日数の上限はなく、365日運用可能。施設基準が比較的厳しく、簡易宿所営業の場合でも33㎡以上の客室面積、玄関帳場(フロント)の設置(自治体差あり)、消防法令適合通知書の取得などが必要です。長期で本格的に運用したい場合の選択肢。
住宅宿泊事業(民泊新法)は、2018年6月に施行された比較的新しい制度で、年間180日が営業日数の上限です。届出制で、民泊制度運営システムというオンラインの仕組みから届け出ます。施設基準は旅館業より緩く、住宅としての設備があれば足りる。年間180日でいいなら、旅館業許可ほどの設備投資をしなくて済む。「副業として運用」「観光シーズンだけ運用」という使い方に向きます。
特区民泊は、国家戦略特別区域に指定された地域でだけ使える制度です。東京都大田区、大阪府全域、大阪市、北九州市、新潟市など、特区指定された自治体で営業可能。認定制で、最低宿泊日数が2泊3日以上というルールがあります。営業日数の上限はないので、特区内ならこれが選べる場合は有力候補になる。
西脇さんの京都の町家は、特区エリアではないので特区民泊は最初から選択肢から外れます。旅館業許可か民泊新法か、の二択。「どっちにするか」は、収益目標と物件の制約で決まる、というのが大まかな整理です。
物件と地域で、取れる制度が決まる──4法令と上乗せ条例

ここが、民泊の制度選択でいちばん見落とされがちな部分です。
民泊事業を始めたいと言っても、その物件と地域で取れる制度には事前に決まった枠があります。私が現地を見せてもらって最初に確認するのが、用途地域、建物の構造、消防法、自治体の条例の4つ。これらが「取れる制度」の輪郭を作ります。
用途地域でNGになる物件がある
都市計画法の用途地域は13種類あって、それぞれ建てられる建物・営業できる業態が決まっています。第一種低層住居専用地域、第二種低層住居専用地域、第一種中高層住居専用地域では、ホテル・旅館(旅館業)を新規に営業することが原則として認められません。住居専用地域のうち、第一種・第二種住居地域・準住居地域なら3,000㎡以下なら可、というのが大まかなルール。
民泊新法のほうは、住居専用地域でも届出は可能です。ただし住宅宿泊事業法第18条で、自治体が条例で営業日数や区域を制限できる仕組みになっていて、これが後で出てくる上乗せ条例の話に繋がります。
西脇さんの町家は東山区の観光地寄りで、用途地域は商業地域でした。用途地域の制約は問題なし。「町家のままなら旅館業の許可が下りる地域」と整理できました。
建築基準法の用途変更が要るかどうか
建物を「住宅」から「ホテル・旅館」に変える場合、200㎡を超える建物では建築基準法上の用途変更の確認申請が必要になります。これは旅館業許可を取る場合の論点で、民泊新法では原則として用途変更の確認申請は不要(住宅のまま運用するため)。
200㎡という閾値は、平成30年の建築基準法改正で、それまでの100㎡から引き上げられた数字です。改正前の情報のまま「100㎡を超えたら用途変更が要る」と書いてある記事をたまに見かけますが、現行は200㎡。古い情報には注意したいところ。
西脇さんの町家は約120㎡。用途変更の確認申請は不要、というラインに収まっていました。これも助かった。120㎡というサイズは、町家としては中規模で、旅館業の運用にちょうどいい広さでもあります。
消防法令適合通知書の取得
旅館業許可も民泊新法の届出も、消防法令適合通知書(消防法上の消防用設備等が基準を満たしていることを確認する書類)の取得が必要になります。これがけっこう厳しくて、自動火災報知設備、誘導灯、消火器、防炎物品の使用、避難経路の確保、定期点検の体制など、住宅で運用していたときには気にしなかった項目が一気に出てきます。
築70年の町家の場合、自動火災報知設備の設置工事だけで100万円前後かかることがあります。古い建物ほど消防工事の負担が大きくなる。西脇さんの町家もこの点が当初から見えていて、概算で200万〜300万円の消防工事費を見込んでおく方向で進めています。
自治体の上乗せ条例で何が変わるか
そして、ここが京都市のケースで最も大きな論点になりました。
住宅宿泊事業法は、自治体が条例で営業日数や区域を制限できる仕組みを持っています。京都市はこの上乗せ条例が全国でいちばん厳しい部類で、住居専用地域では「1月15日から3月16日までの平日と土曜日のみ営業可能(実質、観光オフシーズンの平日と土曜だけ)」という制限を設けています。住居専用地域以外でも、玄関帳場(フロント)の対面設置義務、駆けつけ要件(10分以内に駆けつけられる体制)など、独自のルールが多い。
東京都も独自の規制が強くて、住居専用地域では「平日(月曜正午から金曜正午)の営業を制限」というルールが23区の多くで適用されています。新宿区、台東区、墨田区など繁華街自治体はそれぞれ独自の追加規制を持っています。
大阪市は特区民泊の本拠地として動いてきましたが、近年、特区民泊の新規受付の取扱いが変わってきていると聞いています。具体的な動向は時期によって変わるので、検討時点での最新情報を行政書士または保健所で確認していただきたいところです。
西脇さんの町家は商業地域なので、京都市の上乗せ条例のうち「住居専用地域での営業日数制限」は引っかかりません。ただ、玄関帳場の対面設置義務は商業地域でも適用される。町家の構造に合わせてフロントスペースをどう確保するかが、設計段階での論点になりました。
「自治体ごとの条例で全然違う」というのは、私が現場で何度も伝えていることです。同じ「民泊」「旅館業」でも、京都市と東京都と大阪市では取れる範囲も求められる体制も別物。物件の所在自治体の条例を、申請の最初の段階で必ず確認してください。
マンション・賃貸物件で民泊を始めるときの話

ここまでは戸建ての町家のケースで書きましたが、マンションや賃貸物件で民泊をやりたい方も一定数います。これは別の論点が乗ってくるので、簡潔に触れておきます。
マンション標準管理規約の民泊禁止条項
国土交通省は2017年に「マンション標準管理規約」を改正して、民泊を許可する条項と禁止する条項のひな形を提示しました。多くのマンションが管理規約で民泊禁止を明記する方向に動いていて、住宅宿泊事業の届出時にも、管理規約のコピーまたは管理組合の承諾書の提出が求められます。
「うちの管理組合は何も決めていない」というマンションでも、区分所有者集会で承認を得るのが安全です。管理規約に明記がない状態で民泊を始めて、後から管理組合が紛糾するケースは実際にあって、近隣住民とのトラブルが発覚すれば住宅宿泊事業の業務停止命令まで進む可能性があります。
賃貸物件での転貸禁止
賃借人が賃貸物件を民泊として又貸しする運用は、ほぼ間違いなく賃貸借契約上の転貸禁止条項に違反します。貸主の承諾なしの転貸は民法第612条で禁止されていて、無断転貸が発覚すれば賃貸借契約を解除される。
別件で、賃貸オーナーの方から「賃借人がAirbnbで運営しているらしい」という相談もここ最近増えています。Airbnbのリスティング画面に物件の写真が出ているのを偶然見つけた、というパターン。届出済みかどうかは民泊制度運営システムで確認できる場合があり、無届なら違法民泊として通報の対象にもなります。貸主の立場で動くなら、賃貸借契約の解除と原状回復請求、それから無届の場合は自治体への通報、という流れ。これは行政書士というより不動産紛争の領域に入ってくるので、必要に応じて弁護士と連携します。
申請の流れと、行政書士に頼む場合の費用

ここからは事務的な話を、簡潔に。
旅館業許可(簡易宿所)の場合は、保健所への事前相談から始まります。物件の図面、構造設備の概要、見取り図(半径300m以内の学校・住宅・道路の記載)、配置図、各階平面図、立面図などを準備して、保健所の事前相談で論点を洗い出します。事前相談で問題が見えたら、設計変更や設備工事を経て、正式申請。施設検査を受けて、許可証の交付まで、おおむね2〜3か月。消防法令適合通知書の取得と並行で動きます。
住宅宿泊事業(民泊新法)の届出は、民泊制度運営システムというオンラインの仕組みから届け出ます。書類はシステム上で入力する形ですが、添付資料(消防法令適合通知書、登記事項証明書、誓約書、欠格事由に関する書類など)の準備が必要。届出から番号交付まで、おおむね1〜2か月の感覚です。
行政書士に依頼する場合の費用は、私の事務所での目安で、旅館業許可(簡易宿所)の代行が20〜30万円、住宅宿泊事業の届出代行が10〜20万円、特区民泊の認定代行が15〜25万円。物件の事情、自治体、消防工事の同行有無で前後します。事務所によって料金体系が違うので、見積もりを取るときは「どこからどこまでやってくれるのか」を必ず明示してもらってください。
民泊・旅館業は、行政書士業務の中でも自治体差が大きい領域です。京都市の案件と東京都の案件と大阪市の案件では、求められる書類も実務の段取りも違ってくる。「全国対応」と謳う事務所もありますが、案件の所在地に詳しい行政書士を選ぶほうが、結果的に手戻りが少ないと感じています。
無届で営業すると、旅館業法違反で6か月以下の懲役または100万円以下の罰金。住宅宿泊事業法違反でも6か月以下の懲役または100万円以下の罰金。違法民泊の摘発は近年強化されていて、近隣住民の通報やプラットフォーム経由での発覚から摘発に至るケースが増えていると聞いています。「届出を出さずに、こっそり始めて様子を見る」という選択は、現実的にはリスクが高すぎるので、最初から制度に沿って進めるほうが結局は早道です。
最後に
西脇さんの京都の町家のケースは、いま旅館業許可(簡易宿所営業)で進める方向で設計しています。年間180日制限のある民泊新法ではなく、365日運用可能な旅館業を選んだ理由は、消防工事と用途変更の有無を比較した結果、追加負担が大きく違わなかったことと、京都市の住宅宿泊事業に対する上乗せ条例の負担が大きかったこと。商業地域なので住居専用地域の営業日数制限は受けないものの、玄関帳場の対面設置義務などは民泊新法でも旅館業でも変わらない。それなら365日運用できるほうが収益面で合理的、という判断でした。
民泊の制度選択は、物件と地域の組合せで決まります。「どの制度を選ぶか」を最初に決めるのではなく、「どの制度なら取れるか」を物件の現状から逆算する方が、結果的に早い。私の事務所では、初回相談で必ず物件の住所と用途地域を確認して、自治体の条例まで含めて見立てる流れで動いています。地域差が大きい領域なので、その自治体の実務に詳しい行政書士に相談するのが、結果的に近道だと感じています。
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