「電子定款にすれば4万円浮くんですよね?」
会社設立の相談で、体感8割くらいの方がこの質問をします。答えはイエスです。紙の定款に必要な4万円の収入印紙が、電子定款(PDF)なら不要になる。これは間違いありません。
ただ、その次に「じゃあ自分でやります」と言う方のうち、実際に最後までやり切れた人はかなり少ないというのが正直な印象です。途中で挫折して専門家に依頼される方、あるいは自分でやったものの認証の段階で公証人から修正を求められて二度手間になった方。そういうケースを何件も見てきました。
電子定款自体はメリットのある制度です。ただ「自分でやるかどうか」の判断は、4万円という金額だけで決めると損をする場合があるということです。設立コストを抑えたい気持ちはよく分かりますが、トータルで見たときに本当に安くなるのかは、もう少し細かく計算してみる必要があります。
この記事では、電子定款のメリットを整理した上で、自分でやる場合の具体的な手順と、途中で躓きやすいポイント、そして専門家に頼んだ場合との費用比較を書いていきます。
電子定款とは何か?紙との違いを端的に

定款は会社の基本ルールを定めた文書で、会社設立時に必ず作成し、公証人の認証を受ける必要があります(株式会社の場合)。この定款を紙で作るか、PDFファイルとして作るか。それだけの違いです。
紙で作成した場合、印紙税法上、4万円分の収入印紙を貼付しなければなりません。これは「課税文書」に該当するためです。一方、電子定款はPDFファイルなので紙の文書ではなく、印紙税法上の課税文書に該当しないと解されています。したがって印紙税4万円が不要になるということです。
内容は同じです。記載事項に違いはありません。絶対的記載事項も相対的記載事項も、紙だろうがPDFだろうが書くべきことは同じ。違うのは「形式」と「それに伴う費用」だけです。
電子定款のメリットを整理する

最大のメリットは収入印紙4万円の節約。これは確定的な事実で、疑いの余地はありません。
それ以外のメリットとして挙げられるのは以下の点です。
まず、保管のしやすさ。紙の定款は原本を公証役場に保管し、謄本を会社で保管しますが、電子定款の場合もデータとして公証役場のサーバーに保存されます。会社側の謄本は紙で受け取ることもできますし、電磁的記録として受け取ることも可能です。紙の原本を紛失する心配がないのはメリットと言えるでしょう。
次に、発起人が複数いる場合の手間の軽減。紙の定款では発起人全員の実印での押印と印鑑証明書の添付が必要ですが、電子定款の場合は代表者(または委任を受けた代理人)の電子署名があれば済みます。発起人が3名いて全員が別の都道府県に住んでいるような場合、紙だと全員の印鑑証明を集めて実印を押してもらう工程が必要ですが、電子定款ならその手間が軽減されます。
ただ正直に言うと、一人で設立する場合はこの2つ目のメリットはほぼ関係ありません。一人社長の設立なら、メリットは実質「4万円の印紙代が要らない」のほぼ一点です。
2024年12月改定、公証人の認証手数料について

電子定款に限った話ではありませんが、設立費用を気にしている方は公証人手数料の最新情報も押さえておいてください。
2024年12月1日から、一定の条件を満たす株式会社については定款認証の手数料が引き下げられました。従来は資本金の額に応じて3万円〜5万円でしたが、以下の4条件をすべて満たす場合は1万5,000円になります。
- 資本金の額が100万円未満であること
- 発起人が全員自然人(個人)で、3人以下であること
- 発起人が設立時発行株式の全部を引き受ける旨が定款に記載されていること
- 定款に取締役会を置く旨の記載がないこと
つまり小規模な会社設立であれば、この条件に該当するケースは多いと思います。従来3万円だったものが1万5,000円になったわけですから、1万5,000円の差額が出ます。電子定款の4万円節約と合わせると、紙+旧手数料と比べて5万5,000円の差になります。
該当しない場合の手数料は従来通りで、資本金100万円未満は3万円、100万円以上300万円未満は4万円、300万円以上は5万円です。
自分で電子定款を作る場合に必要なもの

ここからは「自分でやる」場合の現実的なお話しです。
必要な機材・ソフトは以下の通りです。
- パソコン(Windows推奨。Macでもできなくはないが、対応ソフトが限定される)
- マイナンバーカード(電子証明書が有効期限内であること)
- ICカードリーダー(マイナンバーカード対応のもの。2,000〜3,000円程度)
- PDF作成ソフト(Adobe Acrobat Pro等。月額サブスクリプションで1,500〜2,000円程度)
- 電子署名プラグイン(法務省の「PDF署名プラグイン」は無料だが、Acrobat DCのバージョンとの互換性に注意が必要)
加えて、認証申請には法務省の「登記・供託オンライン申請システム」を使います。このシステム用の申請用総合ソフトのインストールと設定が必要です。利用可能時間は平日の午前8時30分から午後9時まで。
ICカードリーダーは数千円で買えますが、PDF署名に対応したソフトの費用がネックになります。Adobe Acrobat Proは月額1,980円(2026年5月時点の参考価格)。1か月だけ契約してすぐ解約すればいいと思うかもしれませんが、年間契約の途中解約には違約金が発生するプランが多く、月々プランだと割高になることもあります。
ここで補足ですが、2023年12月に日本公証人連合会が「定款作成支援ツール」を公開しました。発起人が3名以下の場合に限られますが、必要事項を入力するだけで定款の文面を自動生成してくれます。文面作成の手間は軽減されますが、電子署名や認証申請の工程は自分で行う必要があるので、完全に楽になるわけではありません。
自分でやる場合の手順

大まかな流れを書きます。
- 定款の文面を作成する(Word等で)
- 作成した定款をPDFに変換する
- PDFに電子署名を付与する(マイナンバーカード+ICカードリーダー+署名ソフト)
- 登記・供託オンライン申請システムで認証申請を行う
- 公証役場に事前にFAXまたはメールで定款案を送り、公証人の事前チェックを受ける
- 公証人から修正指示があれば修正して再度電子署名→再申請
- 認証日に公証役場へ出向き、対面での本人確認を経て認証完了
- 認証済み定款のデータと謄本を受け取る
文字にするとシンプルですが、実際に引っかかりやすいのは3と5と6です。
電子署名の付与は、ソフトの設定で躓く人が多く、マイナンバーカードの電子証明書のパスワード(署名用パスワード、6〜16桁の英数字)を設立直前になって「覚えていない」と気づくケースも珍しくありません。このパスワードは5回間違えるとロックがかかり、市区町村の窓口でしか再設定できません。設立スケジュールに余裕がないと、ここだけで数日ロスすることになります。
公証人の事前チェックでは、定款の記載内容に関する指摘が入ることがあります。事業目的の文言が不明確、本店所在地の記載方法が不適切、発起人の記載と印鑑証明書の住所表記が一致しない、など、テンプレートをそのまま使っていても指摘が入ることはあり得ます。
修正が入った場合、電子定款は紙のように二重線で訂正というわけにはいきません。PDFを作り直し、電子署名をやり直し、オンライン申請も再度行う必要があります。紙定款なら公証人の面前で訂正印を押して済む修正でも、電子定款では一からやり直しになる。。これが電子定款のデメリットとして意外と語られていない部分です。
費用の比較──本当に安くなるのか

実際にかかる費用を整理してみます。
紙の定款で設立する場合
- 収入印紙代:40,000円
- 公証人手数料:30,000円(資本金100万円未満の場合)
- 謄本交付手数料:約2,000円
- 合計:約72,000円
自分で電子定款を作成する場合
- 収入印紙代:0円
- 公証人手数料:30,000円(同上)
- 謄本交付手数料:約2,000円
- ICカードリーダー:約3,000円
- PDF署名ソフト(1か月分):約2,000円
- 合計:約37,000円
差額は約35,000円。4万円まるまる浮くわけではなく、機材とソフトの費用を引いた実質の節約額は3万5,000円前後になります。
ただしこの計算には「自分の時間」が含まれていません。電子署名の環境構築、オンライン申請システムの設定、公証人とのやりとり、修正対応。初めてやる人だと、正直丸1日〜2日はかかると思います。時間に余裕がある方ならいいですが、設立準備と並行して本業も動いている状態だと、この時間をどう評価するかという話になります。
行政書士に電子定款の作成を依頼する場合
- 収入印紙代:0円
- 公証人手数料:30,000円(同上)
- 謄本交付手数料:約2,000円
- 行政書士の報酬:事務所による(定款設計込みで数万円程度が相場)
- ICカードリーダー等:不要(行政書士側の設備を使用)
- 合計:行政書士報酬+約32,000円
行政書士に依頼した場合、電子定款の作成は設計の一環として対応するので、別途「電子化だけ」の費用がかかるわけではないケースが多いです。定款の内容設計と電子化をセットで頼めば、印紙税4万円分がまるまる浮く。専門家の報酬の大部分をこの4万円でカバーできるという計算になります。
2024年12月の手数料改定で、条件を満たせば認証手数料が1万5,000円になることも加味すると、電子定款+新手数料で相当にコストが抑えられます。
自分でやるべき人、頼んだ方がいい人

自分で電子定款を作成してもいいと思うのは、以下のような方です。
- IT関係の仕事をしていて、ソフトのインストールや設定に抵抗がない
- マイナンバーカードの署名用パスワードを把握している
- 定款の内容は既に決まっていて、文面に不安がない
- 時間に余裕がある(設立までに2〜3週間以上ある)
- 「自分でやった」という経験自体に価値を感じる
逆に、以下のような方は専門家に頼んだ方が結果的に安くつくと私は考えています。
- 許認可が絡む業種で、事業目的の文言を正確にする必要がある
- 設立日が決まっていてスケジュールに余裕がない
- パソコンの設定やソフトのインストールが苦手
- 定款の内容自体にも不安がある(相対的記載事項の設計など)
- 設立後すぐに融資申請や許認可申請を予定している
特に許認可が絡む場合は要注意です。事業目的の文言一つで宅建業の免許が取れなかったり、建設業の許可申請で止まったりするので、電子定款を自分で作れたとしても、中身の文言が不適切なら意味がありません。電子化の手続きを節約することと、定款の内容を適切に設計することは、別問題です。
freeeやマネーフォワードの設立サービスについて

「freee会社設立」や「マネーフォワード クラウド会社設立」といった無料の設立支援サービスを使えば、電子定款を比較的簡単に作れるのでは、と思う方もいるでしょう。
これらのサービスは確かに便利です。画面の案内に従って情報を入力すれば定款の文面が自動生成され、電子署名の代行まで含まれているプランもあります。費用も5,000円程度で電子定款に対応してくれるものがあります。
ただし注意点がいくつかあります。
一つ目は、生成される定款がテンプレートベースであること。事業目的はあらかじめ用意された選択肢から選ぶ形式が多く、許認可に必要な正確な文言が含まれていないことがあります。「不動産業」はあっても「宅地建物取引業」がない、「人材サービス」はあっても「労働者派遣事業」がない、といった具合です。
二つ目は、相対的記載事項の設計が手薄になりがちなこと。書面決議条項を入れるかどうか、取締役の任期を何年にするか、相続人への売渡請求を入れるか。こうした判断は画面上で選択させてくれるサービスもありますが、「なぜこの選択がこの会社に適しているか」の説明は十分でないことがあります。
三つ目は、サービス利用の条件として提携先の銀行口座開設や会計ソフトの契約が紐づいている場合があること。無料や低価格の裏にはビジネスモデルがあるので、トータルで何にいくら払うことになるかは確認した方がいいです。
こうしたサービスは「とにかく安く早く設立したい」「定款の内容にこだわりがない」という方には合っていると思います。一方、許認可が必要な業種や、共同創業で株主構成を慎重に設計したい場合は、やはり専門家と相談した上で定款を作る方が安全だというのが私の意見です。
電子定款にまつわるよくある誤解

いくつか、相談の中でよく出る誤解を挙げておきます。
「電子定款は公証役場に行かなくていい」→ 行く必要があります。
認証の際に公証人との対面での本人確認が法律上求められているため、少なくとも1回は公証役場に出向かなければなりません。テレビ電話認証の制度も一部始まっていますが、利用条件が限定的で、すべての公証役場で対応しているわけではありません。
「電子定款は即日で認証される」→ 即日は難しい場合が多いです。
公証役場に事前に定款案を送付して内容チェックを受け、修正があれば対応し、予約を取って出向く。通常は申請から認証完了まで数日〜1週間程度を見ておく必要があります。
「合同会社なら定款認証が不要だから電子定款のメリットがない」→ これは半分正しく半分間違いです。確かに合同会社は公証人の認証が不要ですが、定款自体は作成が必要です。紙で作れば4万円の印紙が必要で、電子定款(PDF)にすればこの印紙は不要になります。認証手数料の節約は関係ありませんが、印紙代4万円の節約は合同会社でも同じです。
最後に
電子定款で4万円が浮くのは事実です。これは明確なメリットであり、特別な事情がない限り紙で作る理由はないと思います。
問題は「誰が電子化するか」の判断です。自分でやれば機材費数千円で済みますが、環境構築と申請手続きに丸1日以上かかることは覚悟してください。途中で電子署名がうまくいかない、オンライン申請が通らない、公証人から修正を求められる。初めてだと想定外のことが起きやすい手続きです。
行政書士に依頼すれば、電子定款の作成は定款設計の一環として対応しますので、電子化のためだけに追加費用が大きくかかることは通常ありません。印紙代4万円が浮く分で専門家報酬のかなりの部分をカバーできるという構造になっています。
設立コストを抑えたい気持ちは当然ですが、「電子定款を自分でやるかどうか」と「定款の内容を誰に設計してもらうか」は分けて考えた方がいいです。電子化は手続きの話、設計は経営判断の話。4万円を節約できても、定款の中身が不適切で後から変更に3万円+2週間かかるのでは、節約した意味がなくなってしまいます。
自分の時間にいくらの値段を付けるか。設立後に定款変更が発生するリスクをどう見積もるか。この2つを天秤にかけた上で判断していただければと思います。
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